「パッラーディオ」

パッラーディオ

「パッラーディオ」(1979)  福田晴虔著  を読みました。
薦められて、お借りしていたのになかなか進まず・・ 読み切れなかったのですが、やっと読み終える事が出来ました。(遅くなりまして、申し訳ありません・・ またお返しに伺います。)

アンドレア・パッラーディオ (名 アンドレア・ディ・ピエトロ・デッラ・ゴンドーラ) は16世紀-後期ルネサンスの家・・石工徒弟を11才から始め、現場での知識を学び、書物や旅行で自身の教養を鍛え・・そして若干38才にして、彼の活動の中心であったヴィチェンツァ市の重要な建築を手掛た大きな成功が契機となり、彼の名は広く知られた。

パッラーディオのクライアントは・・高等な教育を受け、洗練され、各国を飛び廻り、絹の商いにより富を築いていたパトロン貴族達。 彼らヴィチェンツァ貴族達のコスモポリタンなセンスとプライドを満たす・・ 生活場所としての市街地に建つパラッツオや・・ 経済的的基盤でもあり農作業活動の基点ともなっていた郊外に建つヴィラの・・ 設計を数多く手掛けた。
性だけでなく、機能性、効率性においても・・それまでの建築とは一線を画し・・施主が望むステイタスを表現しながら(高価でない建材をうまく使用しながらコストも押さえ)・・ パッラーディオの建築はヴィチェンツァ貴族達を魅了した。「建物は使用される建材よりも形態によって評価される」とは職人出身とは思えないパッラーディオの言葉。

西洋建築の古典であるローマ建築の衣装をまとい・・明快なシンメトリー構成を基本とした・・ パッラーディオの建築は、非常にキャッチーで分かりやすく・・彼の作品集でもある「建築四書」(パッラーディオ以前に自身の作品とデザインメソッドをこのように紹介した建築家はいなかった)の力によるところも大きいが・・  彼の死去後、500年にわたり欧米ではパッラーディオの建築は強い影響を与え・・ “パッラーディアン・スタイル” として、ひとつの様式にまでなった。

時代の要望の体現、厳格なフォルムによる構成力、つつましい建材での存在感、外部周辺との応答、作品の分かりやすさ、メディア媒体の効果的利用・・ などなど書いていると、ルネサンスでも近代でも現代でも (パッラーディオでもコルビュジェでもANDOでも) ・・時代が変わっても、時代を代表するような建築家っていうのは・・どこか似ている。3人共に正式な教育として建築を学んでいないというのも共通しているし。非凡人にとって学校教育というのは・・ そんなに必要ではないという事か・・
今日は大学で受け持っている設計実習の今期最終日でした・・ 何か少しでも学生の為になる事を伝える事が出来ていれば良いのですが・・

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