「建築探訪 03」 Kagawa 3

香川県立体育館

「香川県立体育館」(’64) 設計:丹下健三 に行ってきました。
高松市中心からバスで10分、少し歩くと見えて来ました・・住宅街に舞い降りた和風宇宙船の様なインパクトのある姿は、周囲の平凡な街並みからは完全に浮いていました・・50年ほど前に地方都市につくられた市民施設。当時日本を代表する建築家による新しい表現。今は細々と使われメンテは最低限でやや使いこまれ古びた感じ・・出来た当初はその過激な表現と高い理想と過剰な情熱で注目を集めた話題作が、今は静かな住宅街の中で寡黙に立尽くしています。

香川県立体育館
“舟底”になる大きなアールの天井に覆われたエンスランスホールは素敵でした。剣持勇の椅子以外は何も置かれてない、ポスター1枚も貼られていない、ガランとした建築空間だけがある竣工写真の様な状態でした
香川県立体育館

一つの作品としては非常に高いレベルにある大建築家の作品なのだが、周囲とはいつまでも馴染めなかった転校生のような寂しさ・・HP局面の吊り屋根・観客 席床の格子梁・それらを支える大側梁大柱による構造のダイナミックな構成による表現は同年竣工した丹下健三のピ-クと言ってもいい「東京オリンピックプー ル」を連想させずにはおきません。

「建築探訪 02」 Kagawa 2

香川県庁舎

「香川県庁舎」(1958) 設計: 丹下健三(1913-2005) へついに行きました。
コンクリート構造という近代建築言語による “日本”の直接的表現。近代建築に対する伝統継承問題への解答。モダニズムの地域的成熟。有名すぎる日本近代建築の名作。丹下健三の代表作のひとつでもある建築。
完全な中央コアプラン。外周部12本の柱で大きく持ち上げられた開放的な1階ホール。各階で大きく張り出したバルコニー(庇)。バルコニーを支える小梁のリズミカルな反復。強調された水平性。・・伝統の創造的継承のイコンとして、そのスタイルは・・庁舎建築のお手本として亜流を全国的に普及させていく事となる・・

香川県庁舎

伝統継承を復古主義or折衷主義ともいえる表現に押し止めようとする動きは、1930年代にはコンクリートの建物に瓦屋根を冠した”帝冠様式”などで見られる様なデザインを生みだしましたが・・その様な回顧的な表現では、近代と日本のより良い共存関係への・・明確な解答とはなりませんでした。

香川県庁舎

その問いかけの終点のひとつが丹下健三の「香川県庁舎」だったのではないでしょうか・・明快な平面。簡素な構造。素材美。無装飾。左右非対称。モジュール・・近代と伝統の両方に共通する概念・美意識によるデザイン。

香川県庁舎

1952年広島ピースセンターから1964年オリンピックプールまでの間の丹下作品は本当に眼を見張る様な”英雄的仕事”。今後もこの様な”国家的建築家”が現れる事はない様な気がします。現在国際的なスタ-建築家である安藤忠雄氏や妹島和世さんでも・・及ばない力強さと風格を備えた丹下作品。猪熊弦一郎の壁画、剣持勇の家具も花を添えています。

「衛生陶器のような白い四角い箱ではなく、帝冠様式のような日本式建築でもなく、近代建築と共通性のあるような新しい日本建築の造形を探したい・・」   丹下健三

「建築探訪 01」-Kagawa

イサムノグチ庭園美術館

「イサムノグチ庭園美術館」(香川県牟礼町)へ行って来ました。
高松から小さな電車”コトデン”で20分程揺られ、駅からテクテク20分程歩き・・倉敷からは2時間程・・見学には事前に葉書での申込みが必要です。

イサムノグチ庭園美術館

イサムノグチ(1904-1988)はニューヨークに居を構え、彫刻だけでなく家具や照明器具、舞台美術や庭・公園まで幅広くデザインをされました。戦後は日本でも活躍され、1969年から20年余りの間、年に2~3ヶ月はここ香川県牟礼町で過ごされたそうです。
彼の死後、アトリエと住居を美術館としてオープン。彼がここで住みながら制作した彫刻だけでなく・・ 宇和島から移築した”建築”、環状石積塀に囲まれた”庭”、自然豊かな周辺の “環境” “景観” まで・・ 全てに彼の意志が浸透して場所自体がひとつの作品となっていました。

イサムノグチ庭園美術館

訪れた時、真っ先に眼に飛び込んできた・・アトリエである米蔵と、たくさんの彫刻が立ち並んだ庭を囲い、周囲全体に強い存在感を放っていた石積塀と・・ 展示棟の薄暗い蔵の中に立ちつくしていた高さ3.6mの大きな黒色花崗岩の彫刻 「Energy Boid」が・・印象に残りました。