「国立西洋美術館」の世界遺産入りで・・何かと話題の近代建築。世界の近代建築の巨匠は確かにル・コルビュジエですが、日本の近代建築の巨匠といえば、この人以外にいない “前川國男”・・今週のt/rim designは、8月3日より始まる、今年で3回目となる「建築家のしごと展」に向けて、いろいろと準備中・・
前川國男の図面と椅子
今年8月3日~7日の間に開かれる”建築家のしごと展3″の打合せで・・”天神山文化プラザ” を伺う。天神山文化プラザさんにお願いして、古い設計図(日付は昭和36年2月20日・・55年前!! )を拝見させて頂きました。昔の図面はこんなに青いのです・・ひと昔前は設計図の事を、青図と言っていた様に・・青地に白線、これが建築家の図面。建築探訪ワークショップの準備として・・興味深く図面を見させて頂いた作業は、t/rim designの大きい方が。
こちらは「天神山文化プラザ」がまだ「岡山県総合文化センター」だった頃に、図書室で使われていた椅子。細かな寸法や納まりをスケールで測りながら・・いろいろと学ぶ。今回の展覧会のテーマでもある「建築を知る」にも繋がる・・こちらの作業は、t/rim designの小さい方。いろいろと楽しく学べた1日でした。(天神山文化プラザさんのご協力に感謝)
展覧会のまとめはこちらで
天神山文化プラザの・・下見。
今年8月3日~7日の間に、”岡山市の天神山文化プラザ” で開かれる「建築家のしごと展3」の打合せで・・「しごと展」の委員長である平野建築設計室の平野毅さんと・・”天神山文化プラザ” を伺う。
昨年同様・・建築探訪担当はt/rim design。言うまでもなく・・”天神山文化プラザ”は、日本近代建築の巨匠”前川國男”の設計による、近代建築の秀作。
非常に丁寧な対応で、時間をたくさん掛けて・・天神山文化プラザのスタッフの方が、普段では見られない箇所まで色々と・・案内して下さり。貴重な話も色々と伺う事が出来・・ただただ楽しかったです。
(上写真)オリジナルの色使いが残っていると思われる、屋上出口を見る。前川國男の師匠であるル・コルビュジエの色彩感覚を感じます・・
建物外部から内部、さらに屋上まで・・前川建築を堪能堪能。この経験を活かして、8月の”建築探訪”が・・より有意義なものとなる様に・・探訪プランをこれから熟考。&前川建築についても・・もっと勉強をしなければ。
「建築探訪 132」-Fukuoka
「福岡市美術館 (’79)」を探訪・・設計は前川國男。32m角×高さ12mの”タイル張りの四角いヴォリューム” の展示棟を見上げる・・上部から斜め張り、縦張り、横張り・・全体の構成としては、この “タイル張りの四角いヴォリューム” が4つ、L型に雁行しながら配置・・その間を大きなエスプラナードやエントランスロビーで、繋ぐカタチ。”タイル張りの四角いヴォリューム” には、寄棟屋根が乗っていますが・・地上からは見えません。
前川國男こだわりの「打込みタイル」・・これは「釉薬」のかかった「磁器質」で「PC版」・・「前川國男の打込みタイル」は年代を経てバージョンアップ・・。
「建築探訪 131」-Yamaguchi
「山口県立美術館(1979)」を探訪・・設計は鬼頭梓(1926-2008)さん。エントランスへと向かう・・建物正面&広場がスパッと迎えてくれます。煉瓦ヴォリュームの南北に細長い美術館は、鬼頭さんの師匠である前川國男の「熊本県立美術館 (’77)」を思い起こさせる・・
ピロティ下の建具は当初のものではなく・・フレームレスな現代的なガラス建具にリニューアルされていましたが・・上部煉瓦ヴォリュームとガラスの対比感が当初よりも強まっていて・・goodなんではないでしょうか。(開館30年を期に2012年に大改修)
左右対称で南側にも同じカタチで斜路が配置されている。この美術館の建築構成の要は、やはりなんと言っても・・建物中央に配置された斜路。(斜路が建築構成の要となっている建築といえば、鬼頭さんの師匠の師匠による・・この作品!!)
階段は一切使うことなく、斜路だけにより展示室を巡る構成は・・気分の断続を強いられる事なく各展示室を歩き回れる連続性を・・鬼頭さんが重視された様です。美術館設計にあたり・・萩焼きの窯元や香月泰男のアトリエ、市内の古い社寺・・様々な”山口”の場所を、訪ね歩き・・”山口”の美術館を模索されたそうです。
今は深澤直人デザインの椅子が並ぶ、おしゃれなスペースですが、もともとはこの場所もロビーだった様です。美術館設計の経験がなかった鬼頭さんは・・その不安を師匠(前川國男)に相談したところ・・前川が鬼頭に与えたアドバイスとは・・「何も教える事はない、物と人に聞け!!」・・物とは美術品、人とは学芸員。
師匠である前川と同じく、建築家の職業倫理観に厳しかった鬼頭の言葉。
「デザインの自由は、常にクライアントと社会のために行使されるという限界を超えることは許されない」・・建築家のエゴやデザイン至上主義への戒め、社会/生活/人間/建築の関係性を増進する為のデザイン・・
ノベルティ
こちらは「アアルト自邸」に置かれていた焼き物・・銀行のお客様向けのノベルティ(貯金箱)です。そのモデルとなっている建物は、分かりますか?・・かなり大胆な(オモシロイくらいの・・)デフォルメがされていますが・・答えはこちらで間違いないとは思いますが・・
「建築探訪 90」-Tokyo/ 上野 4
前川國男の設計による「東京文化会館」(1961) を探訪。
(上写真) 東北隅より外観を見る。とにかく庇が大きい !!! ・・・庇下まで7m。庇の厚みは4.5m。庇出は5m・・ヒューマンスケールを超えている様にも思える大きさ・・庇の上には集会室や会議室もあるのだが・・部屋がある事も大ホールや小ホールの大きなボリュームも、大きな庇の存在によって全く気付かないくらい・・角は大きくアールを取り、大きくせり出した・・人々を迎え入れる “大庇” の建築。
建物自体は竣工から50年以上が経ち・・普通なら痛み等が気になる時期だが (それどころか管理側である施設や行政によっては取壊しや理不尽な改修がなされても不思議ではない) ・・・状態はきわめて良好な感じ。メンテや改修が、建物を尊重して行われているからなのだろうか・・(上写真) 東面の竪繁のルーバーを見る。ルーバーはプレキャストコンクリート製。
上空から見ると、地上からでは大庇の存在でよく見えない・・大庇上部の様子がよく分かる。右側の六角形部が大ホール、左側の勾配屋根部が小ホール。写真の右下に写っているのが コルビュジェの「国立西洋美術館」。左上に写っているのが吉田五十八の「日本芸術院会館」、その左横に上野駅。
「建築探訪 66」-Tokyo/上野 3
開館以来の大改修工事が終わり、リニューアルされたばかりの・・ 前川國男の設計による「東京都美術館」(1975)を探訪。(上写真) メインアプローチとなる南西側から外観を見る。右手前の「メトロポリタン美術館展」のサインがある企画展示棟と、左手奥へ向かって雁行して繋がり配置された4棟の展示棟の間に・・ 設けられた広場へと誘いこまれる様に建物へと入って行きます・・ アプローチがgoodです。建物の半分以上のボリュームが地下に設けられています。
バリアフリー化や、古くなった設備の一新、省エネ化など・・ 他いろいろな箇所で様々な点で大改修がされているのですが・・”前川建築” を尊重し、より良く生かし、やや暗かったイメージの都美に、賑わいをもたらした・・ goodなリニューアルになっていると思いました。(改修はもちろん前川事務所です)
「建築探訪 60」-Tokyo/上野 2
近代建築の巨匠 ル・コルビュジェによる「国立西洋美術館」(1959) を探訪。もちろんですが、日本にある唯一のコルビュジェ作品 です。国立西洋美術館が創設された経緯は、戦後間もない頃に吉田茂首相がフランス政府に、世に言う松方コレクションの返還を求めたことから始まる・・フランス側からの返還条件の一つが美術館の建設でした。
1955年に68才だったコルビュジェは、敷地調査のため初来日・・わずか7日間の滞在となり・・その後は2度と日本の土を踏む事はありませんでした・・ですのでもちろん完成した建物を実際に訪れて眼にする事もなかったのです。設計も基本設計図程度で、実施設計は日本側に任せ・・ フランスから遠い日本でこの美術館が実現できたのは、かつてフランスのアトリエでコルビュジェから建築を学んだ、弟子たち (前川國男/坂倉準三/吉阪隆正) が日本で頑張ったからこそ。
(上写真) 1階のピロティ部は後の改修でほとんどが内部空間に変わってしまいました・・当初は1階の半分くらいまでは屋外空間でした・・前庭の屋外床がずずっと建物下まで入り込んでいたそうです。コルビュジェの代名詞とも言える “ピロティ” が・・
渦巻き状の動線システム、1階から2階へのゆっくりと上がる大スロープなど・・コルビュジェらしい建築言語がきちっと具現化しています。
ロの字型の動線計画、ピロティで持ち上げられた直方体、建物正面の四角い開口、建物中央の吹抜けなど・・ 坂倉準三の「神奈川県立美術館」と似ているところはさすがに多い。
「建築探訪 56」-Kumamoto 4
前川國男の設計による「熊本県立劇場」(1982) を探訪。
(上写真) 表玄関となる西側の外観を見る。西側の表玄関から東側の裏玄関まで、建物を東西に貫通する長いモールが平面構成の主軸となっています。モールの北側にコンサートホール、モールの南側に演劇ホールが配されています。
はつり仕上げの正面コンクート壁が効いてます。ヘリンボーン調型枠で施工された階段腰コンクリート壁もgoodです。開放的な両ホワイエの様子は、この建物の約30年前に建てられたこちらの作品 から変わらずに共通するところです。