大原美術館ワークショップ 2011〈終了〉

大原美術館のワークショップが終了。美観地区エリアにある・・・丹下健三の「倉敷市立美術館(旧市役所)」と浦辺鎮太郎の「大原美術館 分館」を案内させて頂きました。 同年代の2人の建築家による、同時代の2つの作品・・・1960年代に建てられた2つの日本近代建築の名作が道路を挟んで対峙しています。 参加して頂いた皆様に、それぞれの建築/建築家の特徴や魅力をうまく伝える事が出来ただろうか。
(上写真) まずは建築家とその作品について簡単に40分ほど説明。
(下写真) それぞれの建物を各40分ほど探訪。

普段は見る事/入る事ができない場所なども見学させて頂き、感謝感謝。
寒い中、2時間のワークッショップ・・・皆様、ありがとうございました。

大原美術館ワークショップ 2011

昨年に引き続き大原美術館のワークショップ講師を務めさせて頂きます。美観地区エリアにある1960年代に建てられた2つの日本近代建築の秀作を案内させて頂きます。
ひとつは倉敷市出身の建築家・浦辺鎮太郎(1909-91)の設計により1961年に建てられた「大原美術館 分館」。もうひとつは日本を代表する建築家・丹下健三(1913-05)の設計により1960年に建てられた「倉敷市美術館」。
見所/魅力が分かりにくい近代建築・・・普段は絵画作品を見るための器として目立つ事の少ない”建築そのもの”・・・にスポットライトを当て、その魅力 についてお話をさせて頂こうと思います。  

詳細は大原美術館のWEBサイトにて。お問い合わせは大原美術館「建物探訪」係まで

倉敷の壁 #2

日本郷土玩具館の海鼠目地
数年前に塗り直されたばかりの・・キレイな海鼠目地

筋違の海鼠目瓦張は倉敷をイメージしやすい分かり易い・・アイコン。
柱梁が外部に露出している民家とは違い、倉というのは外壁の土塗り壁で木部を厚く覆うことで、火災にあっても壁の外面には被害が及んでも柱梁までには及ばない耐火性を考えた「土蔵造」という構造になっています。
漆喰で塗り込められた太い格子が入った窓は、土蔵造の倉の窓としてよく使われている「奉行窓」といわれる窓形式。

倉敷の壁 #1

平目地瓦張と海鼠目地瓦張

 建物の腰に瓦が張りつけてある部分・・・ 「腰巻」の張り方が異なる建物が隣接し、コラージュ的になっています・・goodです。
瓦目地、基壇石の仕上肌など・・同じ素材工法でありながら少し異なる表情・・goodです。

左側は「平目地瓦張」。目地は瓦面と同一か or 少し引っ込んでいるか (垂直水平に通る一文字目地と斜め45度に通る筋違目地がある) 。
右側は「海鼠目地瓦張」。目地を埋める漆喰を半円形に盛り上げているのが海鼠形に似ている (これも一文字目地と筋違目地がある) 。
海鼠目地の方が瓦張りの形式としては本来のもので、平目地は省略した形式。海鼠目地は技術的に高度な上にコストも掛かる・・・海鼠目地を上手に仕上げる左官職人はどんどん少なくなってきている・・

大原美術館ワークショップ 2010

大原美術館のワークショップに参加することになりました。倉敷市出身の建築家・浦辺鎮太郎(1909-91)の設計により1961年に建てられ、近年ではDOCOMOMO(近代建築保存の為の国際組織)の運動趣旨に沿うかたちでDOCOMOMOJapan100選にも選出された・・・「大原美術館 分館」

一般的には見所/魅力が分かりにくいと思われる近代建築・・なおかつ近代建築が世界中に広まり各地域で多様化を遂げた60年代につくられた「大原美術館 分館」は捉えどころの難しい建築。普段は絵画作品を見るための器として目立つ事の少ない”建築そのもの”に作品としてスポットライトを当て・・・その魅力についてお話をさせて頂こうと思います。

2010年1月30日(土)
13:30~15:30

新しい舟

倉敷川の舟

今日大きな音と共に事務所前に大きなレッカー車が停車・・
アームで持ち上げられ、川に降ろされたのは “新しい舟”でした
倉敷川の遊覧舟は観光客に人気があり、今まで一艘では人の多い休日には乗れない事もあったので・・二艘になりました
川から眺める美観地区も素敵だと思うので(乗ったことはないのですが・・)、美観地区にお越しの際はぜひお乗り下さい。

「打放しに戻ってる!!」

倉敷国際ホテル

ここのところずっと外壁の改修工事の為に建物全体を足場で囲われていた・・
建築学会賞も受賞した浦辺鎮太郎により設計された「倉敷国際ホテル」(’63)・・・今日、事務所を出て倉敷駅へ向かう途中、見上げると足場が外されており、改修後の外観を見てビックリ・・・ 「打放しに戻ってる!!」

(上写真左) 改修前の外観。この建物のデザインの大きな特徴であった四層に重なる独特の”浦辺庇(勝手にネーミング)”がもともとコンクリート打放しだったものが、ずっと長い間 白く塗られた状態でした・・どこのコンクリート打放し建築にもありがちな様に「黒く汚れてきたからペンキ塗り」・・・

(上写真右) それが元のデザインを尊重した “打放し”に戻っていました・・・外観/インテリア/細部まで骨太な民芸的な雰囲気を漂わせながらも質の高いデザインと細やかな配慮により現代建築として昇華された作品・・・隣接する「大原美術館分館」(’61)ともに浦辺建築ベスト3(自分の勝手なベスト3です)に入る建築がもとのデザインに”近づいた”のは嬉しい限りです・・・

ホテル建築につきものの 華美さ/きらびやかさ/過剰さがない・・質素/健全/実質的という言葉が相応しい「倉敷国際ホテル」は・・古い街並みと共に “倉敷”という町にとても調和した “倉敷”という町の顔となる・・・建築ではないでしょうか・・

「くらしき花七夕祭」

夜の大原美術館

8/4(土)と8/5(日)は「くらしき花七夕祭」です。
美観地区では美術作家によりコ-ディネ-トされた、オリジナリティーのある七夕飾りで倉敷川周辺が彩られています。
「大原美術館 本館」 (1930 設計: 薬師寺主計) では~PM8:00までの特別開館で浴衣着用の人は入館無料でした。「浴衣」と「暗くなってからの美術館」・・ほんの少しいつもと違う小さな企画というのも、見慣れた物・場所から再発見をする機会となり楽しいものでした。
and 「日本郷土玩具館」では~PM9:00まで(浴衣着用者は無料です)。

薬師寺主計(1984-65) は近代建築の巨匠ル・コルビュジェに会った最初の日本人建築家だそうだ、1922年パリで催されていたコルビュジェの「300万人都市」の展示を見たのがきっかけだったらしい・・薬師寺38才、コルビュジェ35才。1922年のコルビュジェと言えば「300万人都市」や「シトロアン型住宅」といった刺激的な計画案、雑誌「エスプリヌーボー」での過激なマニフェストで知られてはいたものの近代建築の実作らしい実作もまだなく、「白の時代」といわれる自身の近代建築5原則を応用した ホワイト/シンプル/キューブな住宅をつくり始めたばかりの頃。