「建築探訪 162」- Kagawa 6

城の眼

オリンピック選手でもあり、香川県の建築技師でもあり、建築家としても活躍された山本忠司さん・・丹下健三の代表作である香川県庁舎の建設や、アトリエ建設に関わるイサムノグチとの交流などを通じて・・地域にある素材、技術、伝統から多くを学び・・“風土に根ざした独自の建築”を開花させていった・・山本忠司さんは多くの秀作を香川県に残されています。

城の眼ディテール

「城の眼」は、今から57年前、1962年に高松市内に出来た小さな喫茶店・・注目すべきは、ファサードを構成している外装のデザイン!!!・・20枚程度のコンクリートパネルが金物で即物的に留め付けられているのですが・・このパネルのクラフト的な出来栄えが秀逸・・長方形コンクリートパネルに“縦桟で波波模様”をつけたデザインなのですが・・コンクリートを流し込む型枠の木板を、あえて斜めに組む事で出来上がったパネルのマチエールが・・goodです。下記はなるほどな!!!という山本さん自身の言葉です。

「地域文化というものは、できる限り広く求めて、そこにあるものと併せてもう一度グローバルなものに置き換えていく。それはその地域でつくるものであり、地域がつくるものである。そのモメントとなるのはやはり地域愛とそれに伴う情熱のように思われる。」 by 山本忠司

「建築探訪 159」- Okayama 6

津山文化センター

雪の降る1月に、岡山県津山市に・・「津山文化センター(1965)」を探訪。設計者である“川島甲士”さんの事は・・私達の年代でも、あまり詳しくは知らない建築家だが(ただ不勉強なだけかもしれませんが・・)、60年代には大変活躍された方のよう・・しかしとにかく、この建築がスゴイ!!。こんな建築がほかにあるだろうか・・という特徴的な外観。四角錐が逆さまに・・地面に突き刺さった様な形。

津山文化センター

「斗栱で全体が構成されているのが、この建築の最大の特徴!!!」。斗栱(ときょう)とは、日本の伝統建築に見られるアイコニックなエレメントで・・軒が支える荷重を柱に伝える「柱上にある組物」の事を言う。「斗(ます)」と「肘木(ひじき)」で構成されている斗栱を・・抽象化して、リデザイン・・構造は著名な構造設計家である”木村俊彦”さん。

津山文化センター

1段、2段、3段と、深い軒が三重に・・だんだんと前方にせり出していく、日本の伝統的な建築に見られる独特な形を・・コンクリートでリデザイン。こちらもこちらも、そうですが・・「60年代、コンクリート構造による日本建築再解釈の流れ」にある代表的な建築・・川島甲士さん40才の作品。

津山文化センター

“斗栱で構成された逆四角錐”の本館横にある・・四角いヴォリュームは「展示館」。

津山文化センター

展示館の外壁が凄い!!。外壁のウネウネとした模様は・・コンクリート表面を削って作られた”レリーフ”(これだけコンクリートを斫るのに、いったい何日くらい掛かるのだろうか!!)。デザインは・・緻密な線と混沌とした色彩の作品で知られる、著名グラフィックデザイナー”粟津潔”さん・・

津山文化センター

1960年代に提案/実現された理想高く力強い・・世界にも影響を与えた、日本生まれの数少ない建築運動・・黒川紀章、菊竹清訓、大高正人、槇文彦、丹下健三、磯崎新 等々が参加していた・・メタボリズムの運動にも参加されていた粟津さん・・35才の作品!!。

津山文化センター

3階の廻廊部分を見る。屋内だけでなく、屋外まで天井がラワンベニヤ・・サッシの向こう側の「斗栱」が近くで詳しく見られます・・斗栱はプレキャストコンクリート製。

津山文化センター

立体的に格子を張り巡らせた様なデザインの・・照明器具がgoodです。

津山文化センター

1階のホワイエを見る。床は黒モルタルブロック300角。タイルが張られた”アートな壁面”は、少し傾いています・・壁面のデザインは津山出身の陶芸家/白石齊さん(しらいしひとし)によるものです。この日の建物探訪ツアーの案内人が・・実は白石さん。

津山文化センター

鉄板を折り曲げたパーツによる”アートな壁面”・・こちらも白石齊さんの作品。

津山文化センター

フラットな屋根の一部をめくり上げた様なトップライト・・屋上へと至る階段を見る。

津山文化センター

屋上は雪、雪、雪・・前方の石垣は津山城(明治の廃城令で石垣以外は全てなくなってしまいましたが、森蘭丸の弟である森忠政が築いた大変立派なお城だったそうです)。

逓信省出身の建築家である川島甲士(かわしまこうし 1925-2009)さん・・他の代表作には「宮崎県婦人会館(’65)」「西都原考古資料館(’68)」「宮崎県営国民宿舎・青島(’70)」「松源寺(’69)」などなど・・があるそうです。

「建築探訪 157」- Tottori

東光園
東側庭園よりダイナミックな外観を見る

1964年竣工・・菊竹清訓さんの「東光園」を探訪。この建築・・なんと菊竹さん36才での作品!!!。取り壊されて・・もう無くなってしまった名作「出雲大社庁の舎」はその前年・・なんとか保存で存命となった「都城市民会館」がこの2年後・・(どれも菊竹さんが30代で手掛けられた!!)・・60年代までの菊竹建築は本当にアグレッシブ!!!!

東光園
アプローチとなる”建物正面”、西側外観を見る

鳥取県の有名な温泉地”皆生”に建つ、7階建て鉄筋コンクリート造の建物。この建物の大きな特徴・・大きく張り出した上部2層(5階と6階)が・・浮いている(上部から吊られている)構造・・

東光園
西側外観を見上げる

この浮いている上部を支えているのが「大柱」。大小ある4本の柱を組み合わせて「大柱」を作り・・上部の大きな荷重を支えているカタチは・・日本の伝統的な木造建築のいくつか・・「厳島神社の大鳥居」や「出雲大社の心御柱」を、連想させますが・・構造が手段ではなく、その見せ方そのものが目的になっているかの様な・・表現的構造への執念を感じざるを得ない・・

東光園
1階ラウンジを見る

貫梁と添柱によって組まれた・・コンクリート打放しの「大柱」は、室内でも存在感を放っていました・・ラウンジチェアーは剣持勇かな・・

東光園
1階ラウンジを見下ろす

庭のデザインは流政之・・竣工時に並んでいたラウンジチェアーは「ヤコブセンのスワンチェア」でしたが・・

東光園

館内には「菊竹建築の展示コーナー」があり・・東光園の石膏模型も展示されていました・・上部2層の「浮き感」が・・その真下である4階が「吹放しのテラス」になっている事で・・さらに強調・・(HPシェル曲面の)帽子のような屋根を含めた上部3層はまさに”空に浮かぶ天守閣”・・伝統的なものが持つ豊かさであったり、構造表現的なものの過剰さであったり・・並の近代建築とはひと味もふた味も違う・・菊竹さんの近代建築・・

東光園
階段室を外部より見る

階段室は壁面が全てガラス張り・・”床のみが宙に浮いている感じ”・・キャンチレバーな持たせ方で、床板は小口を見せて・・さらに踊り場部分では、外壁面から床を飛び出させて魅せる事で・・”浮いている感”を強調。

東光園階段
階段室を内部より見る

縦繁なサッシ割りのガラス壁面・・手摺り子はナイロンロープ張り、手すり支柱がgood。しかしながら・・この階段室に居ると、ちょっと”酔う”様な感じが・・少し揺れているかな?・・

東光園階段室
階段室を内部より見る

柱面に直接刻み込まれた階数表示が・・goodです。型枠板材のテクスチャーが現れたコンクリート打ち放し面・・goodです。

東光園
大柱を近接して見る

クラックが・・複数、あちらこちらに見えます・・・けっこう大きい!!!。日本近代建築の金字塔である丹下健三の「国立代々木競技場(1964)」と同年に完成した東光園・・この時代「世界のTANGE」として絶頂に達していた丹下さんに喰いさがる事の出来た・・

東光園
最上階の7階部分を外部より見る

最大の若手・・「メタボリズム建築の旗手」菊竹清訓による名作・・東光園。耐震改修も含め、早めの適切なメンテナンスが必要かと・・「出雲大社庁の舎」が取り壊されてしまったいま・・菊竹建築のもうひとつの金字塔「東光園」・・存命の瀬戸際・・なのではないでしょうか!!!

建築展とワークショップのお知らせ

『建築家のしごと2』に参加します。
期日;2015年12月9日(水) – 13日(日)(9:00 – 17:00)
会場;倉敷市立美術館 2階 第3展示室
参加者;14名の建築家と写真家

ワークショップ 

「倉敷市立美術館 (旧倉敷市庁舎)」の建築探訪
開催日;12月12日・13日
開催時間;14時~(一時間半程度)
集合場所;倉敷市立美術館 2階 第3展示室入口
定員;30名程度(予約優先)

期間中の土日に行われる建築探訪ワークショップをトリムデザインが担当します。

日本の建築界を代表する建築家である、丹下健三の代表的な建築作品のひとつであり、日本近代建築の秀作・・「倉敷市立美術館 (旧倉敷市庁舎)」。倉敷の方にとっては、慣れ親しんだ建物・・しかし、見慣れた建物であるが故に、その魅力や価値を見逃しているのでは !?

町家や倉が建ち並ぶ、歴史的な街並みは倉敷の大きな魅力のひとつではありますが、古い建物だけではない、倉敷の街のもう一つの大きな魅力・・それがこの「倉敷市立美術館」であり、さらに言えば、道路を挟んで建つ・・近代建築の秀作 「倉敷国際ホテル」と「大原美術館 分館」・・これらも含んだ1960年代の名モダニズム建築と古い街並みの対比。 これこそ倉敷という街の・・隠れた大きな魅力なのではないかと常々考えています。

今回の建築探訪を機会に、「倉敷市立美術館」あるいは 「モダニズム建築」について・・ その魅力や価値を再発見・・あるいは新発見・・して頂く事が出来れば良いなぁと思っています。

日ごろ、一般に公開されていないところも見学予定ですので、この機会にぜひご参加ください。
なお、13日は講堂の見学が出来ませんので、講堂の見学を希望される方は是非12日にお申し込みください。
また、参加の際には、歩きやすい靴でお越しください。

「建築探訪 59」-Hiroshima 3

広島平和会館資料館

丹下健三の「広島平和会館資料館」(1952) を探訪・・ もちろん平和記念公園全体も1949年に行われた設計コンペで、当選された丹下健三さんによる設計です。どこの丹下建築を訪ねても多くがそうである様に・・作品集で見られる様な、竣工時の緊張感に溢れた、迫力ある、厳しく、美しい姿は・・ 今は感じられませんでした。戦後もっとも早い時期に国際的評価を受けた日本の近代建築・・ 建築家 丹下健三の出発点。

広島平和会館資料館
(左) 作品集で見られるかつての姿では・・2階は透明ガラスに水平ルーバーを設けた構成で、外部から内部が見えて、内部から外部が見える “透けた箱” でしたが・・
(右) 独特のかたちをした、1階のピロティ中央部を支える8本の “くさび型柱”・・出隅の柱4本はさらにユニークなかたち・・ 丹下さんの憧れでもある 建築家ル・コルビュジェのピロティ柱を連想させます
広島平和会館資料館
建物の出隅部分を見る。もともとの仕上げであるコンクリート打放しの上に、石を張った改修の様子がよく分かる。水平ルーバーは撤去。ガラスは色の付いたものとなり内側には内部展示室を囲っている壁がすぐに見える。外部から内部 or 内部から外部の様子は見えない・・  改修後は “閉じた箱” になってしまいました。

「建築探訪 52」 -Hiroshima

世界平和記念聖堂

村野藤吾さんの設計による「世界平和記念聖堂」(1953)を探訪。
被爆倒壊した教会を世界各国からの寄付により再建・・ 1948年に設計案を募り、建築界の強い関心を集めた設計コンペが行われ、丹下健三や菊竹清訓や前川國男などの日本を代表する建築家が優れた設計案を応募・・

世界平和記念聖堂

打放しコンクリートの柱梁フレームに、現地の原爆の灰をかぶった土を含んだセメントレンガを積み込むという・・ 素材的にも工法的にも限定された構成・・ シンプルで実直な作り方が、再建への強い思い・・を伝えている様な気がします。

世界平和記念聖堂

壁詳細を見る。壁のセメントレンガは・・全体に渡りリズミカルに、ところどころに突出させています・・ コンクリートとセメントの素材そのままで、四角く大きな直方体の・・建物の威圧感を和らげ、ファサードに質感と陰影を与えるアクセントとして良く効いています。

世界平和記念聖堂
(左) アーチが架かった側廊部を見る。身廊+側廊というカトリック教会建築の伝統的構成を踏襲・・ 蛭石入りのプラスター塗りにより内部はシンプルで簡素な仕上げ

設計コンペは・・ 結果的には1等の該当者はなしに終わりましたが・・ 審査委員の1人であった村野藤吾が実施設計を委託されるという、なんとも納得のいかない結末。同じく審査委員であった堀口捨巳や吉田鉄郎はモダニズム色(コルビュジェ色)の強い丹下案や前川案に肯定的であったが、村野藤吾や今井兼次は否定的だったそうです・・ 

「建築探訪 48」 -Tottori/倉吉

倉吉市庁舎

丹下健三の設計による「倉吉市庁舎」(1957) を訪ねました。
(上写真) 長手側の南外観を見る。日本の伝統的な木造建築に見られる柱梁空間を・・ コンクリートという近代技術でどう表現できるか・・ 規則正しい柱梁の構成、張り出した庇、低層部をぐるりと廻る高欄、コンクリートブロックのスクリーンによる透け・・ コンクリート造における “日本の造形” への試み。 耐震補強の鉄骨フレームがいっぱいで痛々しい。

倉吉市庁舎
短手側の東外観を見る。1段高い屋根の部分は議場。左側にはメインエントランスへと続くアプローチの庇が張り出しています。水平性を強調するかたちで・・ 建物をぐるりと廻る高欄と庇の存在感が効いています
倉吉市庁舎
エントランスホールを見る。スパンの長い小梁が細かく並んだ天井は・・ 同じく丹下健三設計による「旧倉敷市庁舎」(1960) にも共通
倉吉市庁舎
(左)執務空間は中庭を中心とした構成。中庭部も耐震補強の鉄骨フレームでいっぱい・・
(右) 中庭に面した階段のある吹抜け部には水平にも補強が入っていて・・ 鉄骨フレームだらけになっていました・・ 昔の作品集で見る様な空間の感じとは違っているので、残念

丹下健三の庁舎建築は1950年代に集中して手掛けられています・・  1954年の「清水市庁舎」、1957年の「旧東京都庁舎」「倉吉市庁舎」、1958年の「香川県庁舎」 「今治市庁舎」、1960年の「旧倉敷市庁舎」・・ 6つの庁舎建築のうち3つめとなったのがこの倉吉市庁舎・・ この建築で丹下健三は3度目の日本建築学会作品賞を受賞。

「建築探訪 46」-Tokyo/世田谷

世田谷区民会館/公会堂

前川國男による「世田谷区民会館/公会堂」(1959)を探訪して来ました。
(上写真) 中庭より公会堂を見る。屏風のように折れ曲がったコンクリート打放し壁(折版構造)は、50年以上経過し・・ 古代遺跡の様な迫力があります (頂部庇の出が大きくやや建物をクラシックに感じさせている事と、大きく成長した木々の存在感が効いているのかな)。住宅地に囲われた小都市の広場として、居心地の良い空間でした。

世田谷区民会館/公会堂

同じ様な折版構造の公会堂といえば・・丹下健三の「今治市庁舎/公会堂」(1958) がとても似てますが・・ 竣工年だけ見ると、弟子である丹下さんの方が1年早い。 折版構造つながりでは、有名な群馬音楽センター(前川の日本の師であるA.レーモンド) が1961年・・ 弟子から師まで順番に作ってる・・みんなこの頃に集中してる。この頃の建築家にとって “折版構造” がいかに魅力的な建築手法であったか・・ という事なのかな。

(上写真右) 区役所へとつながる連結部。1階ピロティ部は道路側への通り抜けスペース。人を誘い込む様な計画手法や、ブリッジによる建物間の連結などは・・ いかにも前川さんらしい。

世田谷区民会館/公会堂
(左) 道路側より見る区民会館。ちょうど昼休みの時間、木陰の下ではお弁当を食べる職員さんが何人か
(右) 中庭より見る公会堂と区民会館の連結部

コンクリート打放しの公共建築は、ノンメンテナンスで状態がかなり悪い場合が多くあり、汚れ痛みが目立つのですが ・・「世田谷区民会館/公会堂」では、大きく成長した木々の存在が、その印象をかなりカバーしている様に思えました。

世田谷区民会館/公会堂
建物全体を廻っている手摺の存在がGOOD

中庭からテラスへの繋がりや、建物の回遊性を促すデザイン要素として・・ 広場を中心とした都市的空間の演出に効果大でした。翌年の「京都会館」にもつながるデザイン要素かな・・ そういえば前川さんの傑作である「神奈川県立図書館・音楽堂」(1954) も手摺が効いていたし、全体の雰囲気もやはり似ている・・ 前川さんの “打放し時代” の建築では、手摺の存在感や、ブリッジによる分棟の連結がわりとポイントになっています。

「建築探訪 40」-Tokyo/目白台

東京カテドラル聖マリア大聖堂
目白通りより南側外観を見る

日本建築界の大巨匠・丹下健三の設計による「東京カテドラル聖マリア大聖堂」(’64)に行って来ました。1964年といえば東京オリンピックの年で・・もちろん丹下健三の最高傑作といってもよい「代々木国立屋内総合競技場」も竣工した年。
しかしこちらも負けずに素晴らしい・・ 十字型平面を覆う幾何学的な美しいHPシェル曲面による大屋根(大壁?)のみによるシンプルかつダイナミックな構成・・「代々木国立屋内総合競技場」と「東京カテドラル聖マリア大聖堂」・・同じ年に大傑作が2つも。
丹下さん51歳・・ 1952年の「広島ピースセンター」から始まった丹下健三絶頂期の終焉を飾る作品なのでは・・ 

東京カテドラル聖マリア大聖堂
(左) 西側より外観を見る。天気はあいにくの曇り雨
(右) 外装曲面の仕上材はステンレス材。近くで見るとこの様な大きなリブ形状をしており、表面はエンボス加工が施されています。5年程前に大改修されてキレイに (もともとのステンレスであるSUS304よりは、改修されたステンレスであるSUS445は・・光沢感が鈍いそうだ・・改修前の方が明るく軽快とのこと)
内部は撮影禁止なので、書籍より。外観構成がそのまま内部に現れた・・力強く、ダイナミックで、ストイックで、厳粛で・・ 素晴らしい祈りの空間となっています