景観法って・・

今進めている住宅の計画は私達にとって 「景観法」に関わる最初の物件となりました・・2003年に国土交通省から「美しい国づくり政策大綱」が公布され、それに基づき「景観法」という法律が施行されて2年半、景観法を背景に全国の地方自治体が条例を運用しようとしている・・その主旨は “良好な景観形成” “美しい/風格のある社会の実現”らしい・・
ひたすら「経済至上主義」で邁進し、ダム/護岸工事/道路建設/都市計画を行ってきた国土交通省(旧建設省)がいきなり正反対を向いて 「美しい・・」 なんて言うと、首を傾げたくなる人は少なくないはずだ、良好な景観/美しい/風格のある社会って・・国交省or景観法を実行する地方行政機関は何をイメージしているのだろうか?

少なくとも 景観というものを法で規制するんだから、安易に形態/意匠/素材というデザインを規制するような方法は止めて欲しいが、単純なノスタルジーで”伝統/日本的”なものを強要する様な事はもっと止めて欲しい・・

長いスパンで歴史を見た時、「本当の意味での伝統」とは ただ古いものを頑なに守ってきたのではなく、その時代時代において新しさと工夫を付け加えてきた歴史の結果に”伝統”があったんだから・・安易単純に、ただ地域的な意匠を取入れれば、瓦屋根を載せれば、木質系のやわらかな色にすれば・・”美しく”なると言うのだろうか、それは郊外にある和風ファミリーレストランや和風菓子店のキッチュさと同質のものになるのではないだろうか・・

また、生活/暮らしの質実な要求から乖離した表層的部分にだけ固執し、良い物なのに”目新しさ”故にそれらを拒む事は意味がない。当初は目新しく見えてもそれは 暮らし/暮らす人の必然の中から出てきたものであるなら将来へ繋がる普遍的価値を含んでいる可能性があるのだから・・現前している多数決的視点で見るならば”美しくない”と多くが考えるものでさえ、一面的な視点からの評価だけではなく、多面的に評価する多様性を許容しなければ、それにはそれが現れた理由があり、多くの人は建築的価値を”見る眼”をまだまだ持ってはいないのだから・・規則条例で”自由”を規制する事で 著しく醜いものの出現を阻止する事はできても、優れたデザインを生み出す事はできない・・
しかし、現前する街並みや風土を無視し、自己抑制する謙虚さを全く持ち合わせず、差異/差別化に固執した自己表現を繰り返し”表現の自由”を牽引してきたような「建築家」の時代はもう過去となるべきなのかとも思ったりもします・・”景観法による建築規制”は地方行政で温度差はあるが、これから本格的に実行されていくのでしょう・・。

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