「多度津の家」-下地工事2

これは”グラスファイバーネット”と呼ばれる下地材・・・多度津の家の外壁は左官仕上げですが、左官屋さんがコテで塗ってラスモル壁を仕上げる時に・・外壁のヒビ割れ防止の為に使う大事な材料。

こんな感じで・・ラスモル壁の表面に”グラスファイバーネット”を塗り込み、この上に仕上材を施工していきます。

引いた写真では分かりませんが・・全ての外壁面に、先程の”ファイバーネット”が施工されています。

軒天や建具枠などの外部木部には・・耐久性とデザインの面から、含浸系の木材保護塗料を塗りました。木部は落ち着きのある色味とし・・・外壁色もニュートラルなグレーで、来月始めには仕上がる予定です。

「多度津の家」-下地工事

「多度津の家」の外壁は・・モルタル左官塗り + ジョリパット仕上。まずは通気層の上に貼った透湿防水シートの上に「ラス貼り」。ラスとは金属で出来た網状の部材で、モルタルを塗りつける為の下地材です。

建物の正面部分を見る。軒は2段になっていて・・一度持ち出した母屋に、乗せ掛けるかたちで垂木をはね出して・・地面からの高さ4000mmの位置で、軒の出が1500mm。1500/4000・・1/2.66。

自転車置場を見る。高さ1mちょっとの低い開口部は、階段踊り場下に設けた・・外部から使う物置の出入口。撮った写真だけを見ていると・・茶室へ向かう趣?・・

浴室を見る。在来工法の浴室なので・・壁と床は、モルタル塗り下地の後、タイル張り。浴槽部分は鋳物琺瑯の浴槽を据え付けた後、立ち上がり部分にはレンガ下地でタイル張り。「多度津の家」の浴室は・・正面が全て窓になっていて、窓の向こうには・・高さ4m程の井戸状の坪庭があります。

「 住宅建築 」 掲載

トリムデザインにて設計/監理をした「酒津の家」が・・いま発売中の「住宅建築 2022年12月号」に掲載 (P103〜111 ) されています。書店に行かれた際には、是非ご覧になってみて下さい。

撮影が行なわれたのは・・7月の中頃の暑い時期でしたが、天候には恵まれました。

撮影前の数日間は、植栽の剪定をしたり、窓掃除をしたり、室内を整えたり・・色々と準備がありましたが、良い感じの掲載に仕上がり・・お施主様に感謝感謝であります。

「多度津の家」-上棟

昨日は・・天気にも恵まれ、無事に上棟を迎えられました。8月はじめに着工してから40日で、棟上げ。順調な滑り出しです・・

リビングより南側を望む。今回の住宅のメインスペースであるLDKは・・”シューボックス型”。南北に長い長方形平面で、正面南側の大窓は・・南側に見える山並みを切り取る”ピクチャーウインドウ”になっています。

夕刻の西陽を受けながら、棟梁みずからの祝詞にて・・ご家族、工務店さん、設計事務所、みんなで祭壇に向かい・・無事、上棟式も終了。

「多度津の家」-配筋検査

一昨日は配筋検査で多度津へ伺う。配筋検査とは・・コンクリートを流し込んで固まってしまうと、見えなくなる鉄筋を・・その前にCHECKする検査!!!

鉄筋の太さ、鉄筋の間隔や本数、鉄筋のかぶり厚さ・・などが設計図どおりで施工されているかをCHECKします。

昔の家は「布基礎」という外周部だけをコンクリート基礎とした工法が主流でしたが・・いまの住宅の基礎では、ほぼ「ベタ基礎」という・・家全体をコンクリート盤で支える工法になっています。

オレンジ色の板は「コンクリート型枠用合板」・・ピカピカで、気持ちがイイです。

多度津の家では「外周部」と「外周部以外の主要な構造的通り」を梁状に鉄筋を組み上げ・・強固な基礎設計としております。鉄筋下のビニール敷は地面からの湿気を防ぐためにコンクリート基礎下全体に敷き詰められます。

「酒津の家」-撮影日和

出版社の編集者さんは東京から、建築の写真家さんは大阪から・・ご苦労様でした。

2018年の夏に竣工してから、ほぼ4年が経ち・・・木々が生い茂ってきて、いい感じになってきた「酒津の家」。昨日は建築誌出版社の取材撮影。天気予報ではあまり良くない空模様との事でしたが・・いい感じに陽が差してくれました。

窓は閉じていますが、(設計の工夫で) 窓が無いように見えるリビングの木製大窓。

リビングのソファに座って、南庭の景色を望むと・・まるで林の中に居る感じ。撮影日前の掃除や片付けの準備で、今日はあちこち筋肉痛ですが・・良い写真が撮れるように、できる限りの撮影お手伝い。

大きな軒下。夏は陽が高いので、テラスのほとんどは・・陰に覆われ、涼やかです。竣工した時に比べ、充実したお庭の風景が・・goodです。今回撮影して頂いた写真は・・10月発売の建築誌です。

「多度津の家」-地鎮祭

昨日は香川県・・多度津町にて地鎮祭。多度津町は丸亀市のすぐ西隣り。北前船の停泊地/金毘羅参りの上陸港として、四国の鉄道起点として・・江戸/明治期には舟運陸運の交通拠点として栄えた歴史もある・・人口2万人ほどの町。

最初に敷地を見せて頂いてから”丸3年”。コロナ禍のウッドショック等による様々な建材高騰や資材不足もあり、予定より大きく遅れ・・計画も練り直しを余儀無くされましたが・・・なんとも気持ちの良い晴天!! とうとうこの日を迎える事が出来ました!!・・いよいよ着工です !!! 。

「建築探訪177」-Gunma 6

アントニン・レーモンドの設計図をもとに・・1952年に建てられた「井上房一郎邸」を探訪。ナチスの迫害から逃れ3年半もの間、日本に滞在していた・・ドイツ人建築家ブルーノ・タウトのパトロンとしても知られる・・井上房一郎氏の自邸。(北側の外観を見る。敷石の先にエントランス、左手に見えるリビングの高窓がチャームポイント・・)

(南側の外観を見る。) 石張りのパティオの向こうにリビング・・東京の麻布に1951年に建てられた「レーモンド自邸兼事務所」を見た井上房一郎氏が、その建物を大層気に入り・・建築家の承諾を得て、図面を提供してもらい、1952年群馬県の高崎市に・・建物を完全再現 !!!!

(パティオから南側の日本庭園を見る。) その後、オリジナルである「レーモンド自邸兼事務所は取り壊されたので・・もはや、こちらこそがレーモンド建築の真髄を伝える貴重な存在となっています。

(リビングを見る。) 「丸柱を挟んだ、2つ割りの丸太方杖」が梁を支える・・レーモンド建築を特徴づける・・アイコニックな構造的表現手法。

(リビングより南側の日本庭園を見る。) アントニン・レーモンドはチェコ生まれの建築家。フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルを手掛けた際に、ライトの弟子として来日・・

(パティオに面した寝室を見る。) 帝国ホテルの仕事が終わった後も、レーモンドは日本に留まり・・群馬音楽センターや東京女子大学、リーダーズダイジェスト東京支社やノートルダム清心女子大学・・・などなど数多くの建築を日本に残しました。

(寝室の南側、レーモンドのデザインによる”造付け家具”を見る。) 第二次大戦中はアメリカへ帰国したものの、1947年には再来日。戦後も多くの優れた建築を日本に残し・・1973年85才の時に建築家を引退し、アメリカへ帰国。その3年後ペンシルベニアにて88才で亡くなられました。

「安江の家」-13年目

トリムデザインにて設計をさせて頂き、2009年に竣工した「安江の家」・・13年目を迎えたお家の「子供室を2室に分けたい」とのリフォームの相談で・・久しぶりにお伺いさせて頂きました。(上写真/表から隠れるような場所に、高さをググッと抑えた・・躙り口のように目立たない板戸が玄関戸)

格子窓から陽が差し込む”三角形平面”の玄関・・玄関の上部は2階廊下に面した吹き抜け、吹き抜けの形も玄関平面と相似形の三角形。

玄関床は「墨モルタルコテ押え」・・日々踏みならされた事により、かなり「味」が出てきました・・床全面に貫入が走っているのも・・良い「味」になっています。

2階主寝室よりリビングの吹抜けを見下ろす。扇型多角形平面のリビングの上部に・・こちらにも”三角形の吹抜け”があります。1階床に使用した「ナラ無垢材のパーケットフローリング」も「味」が出てきました。

強い西陽を受ける玄関前。外構等はシンプルに・・・門扉や塀などを設けなくても、安心して暮らせる設えとなる様に・・建物全体を計画。(上写真/玄関前のわずかなスペースに上手に樹々を植えてくださっていて・・嬉しい限りです)

「バルコニーの緑化改修」 -植込み&灌水工事

バルコニーの緑化改修も終盤・・植栽を植込み。オーダーで作成したSUS製BOXの内側に、既成品のプランターボックスを設置。

マルバノキ、サザンカ、ナツハゼ、ヤマコウバシ、ヒメシャラ、ユキヤナギ、アロニア、オトコヨウゾメ、コバノズイナ・・バイカウツギ、トキワマンサク、ハクサンボク、シャリンバイ、ヤマブキなどなど・・沢山の種類の木々を植えて頂きました。
「点滴型の灌水ホース」を、プランターボックス内に這わす・・
水遣りは「タイマー制御の自動灌水装置」ですが・・水遣りの半分は「点滴型の灌水ホース」、残り半分は上写真のような「ミスト型の灌水ホース」・・2種類のホースで水遣りを行います。
タイマー制御で、季節に応じて何十分かおきに・・”ミスト”が噴射されるので、暑い季節にはベランダまわりの温度がミスト効果で下がり・・・涼感が得られて、気持ちいいかもしれませんねぇ。プランターBOXカバーは、錆にも強い、ステンレス製の焼付塗装仕上げなので・・心配なし。